白き騎士団長の旧友の記憶
「……本当に行くのか」
荷造りを終えて外に出ると、幼いころからお世話になっていた青年とその妹が心配そうな様子でこちらを見ていた。
「ツカサ先輩、サキさん……。お世話になりました。」
「古くからの友人がこうして旅立ってしまうとは、寂しくなるな。」
ツカサ先輩の寂しげな表情を見ると躊躇してしまう自分もいるが、気をしっかり持たなければ。
「そう言っていただけて嬉しいです。でも、俺はもっと強くなりたいんです。」
そして、いつかツカサ先輩と一緒に誇れる騎士になりたい。それが俺の夢なのだ。
決心は揺らがない。
「トウヤ……。」
ツカサ先輩は俺の目を見据えた。
俺の覚悟を確認しているようだった。
短い沈黙の後、彼は呆れとも嬉しさともとれる表情でため息をついて言った。
「わかった。だが絶対に帰ってくるんだぞ!俺たちはいつだってお前の味方だ!」
「ずっと待っているからね!」
サキさんと握手を交わし、ツカサ先輩に背中を押され、より一層気が引き締まる思いだ。
「はい!行ってきます!」
故郷で過ごした日々に後ろ髪をひかれるものがあったが、最後に2人と話せてよかった。
必ずまた会えると信じて、これから始まる夢への旅に集中しよう。
***
乾いた風が砂埃を乗せて俺の頬を打ち付ける。
「ここがドラゴンの棲み処……。」
故郷を出発してから数年。俺は日々鍛錬を重ねながら幾つもの土地を渡り歩いた。
ある程度自分の実力にも自信がついてきた頃に訪れた村で、村人と思われる女性に声をかけられた。
「ドラゴンを討伐してください。」
彼女の故郷である白の国はドラゴンに襲われ、移住を余儀なくされてしまったらしい。
もし、俺の故郷に同じことが起こったらと思うと胸が痛んだ。生まれ故郷がある日突然無くなってしまうとは考えたくもない。彼女からはそんな悲しみと怒りが入り混じった思いが感じ取れる。
俺は彼女の依頼を受けることにして早速出発した。彼女の話によると、ドラゴンはその村から見える山脈を越えた先の乾燥地帯を棲み処としているということだった。
そして俺はついにその地にたどり着いた。だが、見渡してもドラゴンの気配は微塵も感じられず、乾いてひび割れた地面が広がるのみであった。その静寂さにわずかな不安が胸の奥をかすめ、俺の心を揺さぶった。
本当にドラゴンはここにいるのか、と歩みを進めようとしたその時、地を這うような轟音と息もできないほどの烈風が突如として俺を襲った。あまりの衝撃に思わず目を瞑ったが、危険な気配にもしやと薄く目を開いた。
「……!」
舞い上がる砂埃にうっすらと映る巨大な影。その影から耳を劈くような咆哮とそれにより吹き飛ばされた砂埃が続けて俺を襲う。さらに強くなる地鳴りに咄嗟に剣を抜きその方向を捉えようとするが、目の前に広がる影の正体に全身を縛りつけられるような恐怖が押し寄せてきた。黒々とした皮膚は光を吸い込むかのような闇の深さを感じさせ、その巨大な体躯から伸びる翼と4本の角は見るものを威圧するものであった。こちらを睨む金色の瞳が鈍く光り、それはまるで鋭い刃で心がえぐられるような感覚を覚える。俺は剣を構え、その巨体ををじっと見つめた。翼か、長い尾ひれか。どこから攻撃されても防げるように全神経を集中させる。ドラゴンは再び吠え声をあげ、大地を震わせた。
ドラゴンが姿を現してからどれほど時間が経ったのか。手や足はカタカタと震え始め、気力が尽きかけていることを実感する。
――この違和感はなんだろうか。
これまでタイミングはいくらでもあったにもかかわらず、咆哮をあげるのみで攻撃を一向に仕掛けてくる気配を見せない。静寂と砂埃が舞う音のみがあたりを包む。
頭によぎった違和感に、俺は剣を握る手に再度力を込めて一歩踏み出した。ドラゴンはその巨体を震わせ深い振動を響かせるが、やはり攻撃してくることはない。わずかな疑念が大きく膨らむ。俺は静かに息を吐き、改めてドラゴンの姿を見据えた。先制攻撃は得策ではないが、この場合こちらから攻撃を仕掛けるべきか。しかしドラゴンとはいえ攻撃してこない相手を敵とみなしていいものなのか。このドラゴンは本当に白の国を襲ったのか……。様々な疑念と可能性が脳裏に浮かんでは消えてを繰り返す。
「……?」
俺は剣を仕舞い、ゆっくりとドラゴンに近付いた。俺が動くたびに地鳴りのような轟音を発するため、通じるかはわからないが両手を挙げて敵意はないことを表現する。ドラゴンは目を細めて喉を震わせており、その威圧感に抗いながら慎重な足取りで歩みを進めた。そしてその巨体がはっきりと確認できる距離まで来たところで先ほど感じた違和感の正体に気づいた。
「お前、もしかして怪我をしているのか……?」
ドラゴンは警戒するように喉を鳴らす。遠くからはよく見えなかったが、片足に深い傷を負っており、時間経過によるものか動かすこともままならないほどのようだった。俺は傷口を見て悩むが、傷を負った者を無暗に攻撃することは俺の信念に反していた。もしこのドラゴンが村を襲ったのだとしても、この様子からしてもしかしたら何らかの事情があったのかもしれない。
「ドラゴンに効くかはわからないんだが、薬草を塗っても良いだろうか?」
俺はドラゴンの視界に入るように持っていた薬草を見せる。ドラゴンは俺の手元に目を向け、何か考えているような素振りを見せた後わずかに唸り声を漏らしながら傷を負っている方の足を差し出した。
「信じてくれてありがとう。」
それから俺はドラゴンの治療に専念した。傷の深さや大きさに戸惑ったが、持っていた布切れでできる限り丁寧に薬草を塗りこんでいく。当然手持ちでは薬草も道具も足りず、山や村で調達しながら何日もドラゴンの元で過ごした。ドラゴンは最初は警戒を解こうとしなかったが、薬草を塗る際もわずかに身を震わせるのみで逃げる様子はなく、そうして共に過ごすうちにゆっくりとその巨大な頭を下げた。
「よし、これでもう大丈夫だろう。」
あれからさらに月日が経った。俺は傷口を確認してドラゴンに治療が完了したことを伝えた。俺の言葉はしっかり伝わっているようで、彼は喉を鳴らしながら俺にすり寄り嬉しそうに治療した片足を動かした。その様子に安心し笑みがこぼれる。
「お前は優しいドラゴンなんだな。……俺はトウヤ。騎士になるために修行している。よければ俺と仲間にならないか?」
ドラゴンは優し気に目を細め、俺の体をつついた。背中に乗るよう促しているのか。
「おっと、すまない。俺は高いところが苦手なんだ。……だがいつか、今よりさらに強くなった時には是非お前の背中に乗せてくれ。」
彼は俺をしばらく見つめた後、その大きな体を揺らして姿勢を正すかのように腰を下ろし、巨大な翼を広げながら頭を軽く下げた。その姿はまるで感謝を表現しているようだった。俺はその頭をそっと撫で「よろしくな。」と声をかけた。
この瞬間、俺たちの間に確かな信頼が生まれたのだ。

