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森に住まいし乙女の記憶

窓から日差しが差し込み、今日もいつもと変わらない一日が始まる。

わたしはいつも通り簡単に身支度を済ませ、一緒に暮らすマフユと食事をしながら窓から外の様子を眺める。天気も良いし、いつもより質の良い薬草が手に入るかもしれない。ぼんやりとそんなことを考えて、今日は久しぶりに出かけようかと思いついた。

 

「それじゃあ、行ってくるね。マフユ。」

玄関側に置いていた籠を手に持ちマフユに声をかけると、作業机に向かっていた彼女はその手を止め、こちらを向いて小さく「うん」と呟いた。先ほど一緒に出かけるか誘ってみたところ、断られてしまったのだ。わたしは軽く手を振って家を出る。いつもとは少し違った朝の出来事だ。

わたしたちが暮らす家は白の国領内の森にある。わたしは幼いころから様々な森を転々としてきたが、この森に移ってきてすぐの頃にマフユと出会い、一緒に暮らすことになった。初めはあまり感情が見えなかったが時間を共にしていくうちに彼女の方から「行き場を見失ったのだ」と少しずつ話してくれるようになった。次第にわたしも彼女の気持ちが読み取れるようになり、わたしは彼女が救われるまで、この森に留まって見届けようと決心したのだ。

目当ての薬草を見つけ手に取ったその時、森がざわついていることに気がついた。木々はわずかに揺れ、風の音が騒がしさを増す。

――いつもと、違う。

私は胸のざわつきを深呼吸で抑え、周囲の音に集中する。すると遠くの方、それも私たちの暮らす家の方向から低く荒々しい声が風に乗って響いてきた。

『魔女だ!捕まえろ!!』

魔女、という単語に鼓動が速くなった。そして確かに「捕まえろ」と聞こえた。今家にいるのはマフユただ一人である。つまりこれはマフユが魔女として捕まってしまうということを意味していた。

わたしはいてもたってもいられず無我夢中に走りだした。声がした方向に住んでいるのはわたしたち二人のみで、人もあまり立ち寄ることはない。あの声は確実にわたしたちの家から聞こえたものであると確信していた。マフユの安否が心配でたびたび足がもつれてしまうが、もうそれどころではなかった。胸の奥が締め付けられるように痛み、頭は真っ白だった。

走り始めてからしばらくして、木々の間からわたしたちの家の屋根が見えてきた。荒々しい声も同時に近付いてくる。心臓は燃えるように熱く、息も絶え絶えになりながらもわずかな希望を胸にひたすら足を動かした。

家の近くまでたどり着いたころにはすべてが遅かった。扉は無造作に開けられ、人の気配はまだするもののマフユはすでに連れ去られた後のようだった。状況を理解しきれず視界が歪む。

――なんで。どうして。マフユは魔女じゃない、ただ人を看病することが上手な普通の人間なのに。それを、その才能を『魔女』と決めつけるなんて……。

様々な思いが頭を巡らせめまいがする。彼女は本当に魔女ではないのだ。

しかし、混乱する中で自分のとある仮説に急に府に落ちた。

――本当の魔女はわたしだ。そうだ。なんでそれが知られてしまったのかわからないけれど、きっとマフユはわたしと間違えて連れて行かれたんだ。

その時、家から騎士の制服を着た男性が数名出てくるのが見えて咄嗟に近くの茂みに身を隠した。

「もう依頼は完了したし行こうぜ。」

どうやら家の周囲の捜査は終了した後のようだった。マフユは連れ去られてしまったが、今見つかるわけにはいかないとわたしは息を殺してじっと時間が経つのを待つ。

やがて周囲に人の気配がなくなった頃、わたしは家に入り絶望した。決してきれいに片付いていたわけではなかったが、机においていたもののほとんどが床に散らばり、壁に掛けていたものは割れているものもあれば破れているものもある。明らかに争った形跡であった。

――魔女の存在が知られてしまった以上、ここにはいられない。わたしも逃げないと。逃げて、マフユを探さないと。

わたしは部屋の奥にある割れた鏡にふと目を向けた。荒れた部屋にわたしだけがいつもと変わらない姿で映っているのを見て、薬草を集めていた籠をどこかに落としてきたことにやっと気づき苦笑した。

「……逃げるにしても、この恰好じゃあ目立つよね。」

魔女らしい恰好で堂々と村に出てしまえば私もすぐに捕まってしまうだろう。そういえば、先ほど家から出てきたのは白の国の騎士、白騎士だった。ならば、わたしも白騎士になればマフユを探しやすいかもしれない。

未だ混乱する頭を無理やり動かしながらも、体制を整えるべく息を整えた。

騎士であれば、髪は短い方が良いだろう。わたしは腰ほどまである髪の首元から指を滑らせた。白銀の糸のようなそれは指が通るごとに静かに輝き消え去っていく。服は先日見かけた白の国の女性騎士の制服を思い出しながら姿を整えた。白の国の体制が変わったらしいとマフユから聞いていたが、先ほど家から出てきた騎士の恰好から、おそらく制服は変わっていないのだろう。服を軽くはたいてから再度鏡を覗いた。

「うん。いい感じかな。久しぶりに魔法を使ったけど上手くいってよかった。この調子ならわたしを白騎士だと認識させることもできそう。あとは……」

「あの、だれかいるんですか~……?」

突然の自分以外の声に驚き、咄嗟に振り返るとそこには女性が1人佇んでいた。鏡に写る自分の姿に集中していて声を掛けられるまでその気配に気付けなかった。彼女は驚いた様子で身体を飛び上がらせた。

「ご、ごめんなさい!驚かせるつもりはなくて!なんだか人の気配がして覗いてみただけなんです……ってあれ?その制服―――――……あ!白騎士のカナデさん!お兄ちゃんから話は聞いてますよ!」

彼女からの視線に私は急いで認識魔法をかけたが、間に合ったようだ。わたしは静かに胸をなでおろした。

「ええと、……お兄ちゃん?」

「はい!私、白騎士のツカサの妹で、サキっていいます!」

――ツカサってあの英雄の……?その妹?

願ってもいないことだった。白騎士によって連れ去られたマフユを探すならその中心に忍び込むのが一番早い。まずはこの英雄の妹……サキさんと交流を持った方が良さそうだ。

わたしがそんな考えを巡らせているのをよそに、目の前の彼女はなにか閃いたような声を上げる。

「そっか!ここにいるってことは、いっちゃんに会いに来たんですね!」

「い、いっちゃん……?」

初めて聞いた名前に戸惑ってしまった。

「はい!白騎士のホシノ イチカですけど、違うんですか?」

「あ……うん。そう、ホシノさんに会いに来たんだ。」

苦しい誤魔化しではあったが、彼女は満面の笑みでわたしの手を掴み「やっぱり~!」と上下に大きく振った。今回は問題なかったようだが、これ以降はもっと気をつけないといけない。

「それならこっちですよ!ちょうどみんなでお茶会をしていたところなんです。ラッキーですね!」

彼女はわたしの手を引いたまま家の外に連れ出した。2人で暮らした家をあの状態のまま離れることにちくりと胸が痛んだが、今は振り返るべきではない。遠くの方から小鳥のような喋り声が風に乗って響いてくるとともに甘い香りが鼻をくすぐる。お茶会であれば白騎士内部以外の情報も得られるかもしれない。まずはここで手がかりを探そう。

「必ず見つけてみせるよ。マフユ。」

私の前をずんずん歩くサキの背中を見ながら、私は静かに決意した。

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